ー桂×終SSー
暇な晴れた日、非番だが何をしようとも思いつかずに公園へと出掛けてみる。
「なんだ、斉藤ではないか」
この声は…反射的に刀を握るが奴がやってきて私の手の上に手を乗せ制止をかけた。
「よせ、俺は今善良な市民としてここへいる、平気だ、誰にもバレやしないどころかお前も非番ではないか」
「…」
不服ながら、鞘に刀を納める。
「なあ斉藤、お前に俺が最後に言ったことを覚えているか?」
お前というZは…か、あのセリフには正直驚いた。だが嬉しかったことは覚えているので私は頷いてみせた。
「そうか、忘れていなくて安心した。では返事を聞こうか、…俺の告白の、な。」
「!?」
「どうした?そんな驚いた顔で。ああそうか、このような公の場では言うに言えまいな、そこの宿でも借りるか?」
私は全力で頭を振った。嫌な予感しかしなかったからだ。…そもそもの話、告白とはどういう意味なのだろう。友達になってやるという意味ではなかったらしい…この男の考えていることはわからない。
「そうか、ならばここでいいか?」
「…」
「その反応は、予想だにしていなかったということか。何、俺は最初からお前の事は下調べしていたつもりだ。真選組にいるお前の事をな。」
「…」
私の事を…
「無論、その時は貴様らの内部を潰す事しか考えてはいなかった、だが今となっては俺はお前に恋心しか抱いておらん、あの頃から夜も昼もお前の事ばかりを考えていてな。」
「…っ」
この男、よくもぬけぬけと恥ずかしい事を。
しかし恋心と言われると素直に喜んでいいのか微妙ではあった。私は生まれてこの方、恋心という物とは無縁で生きてきたからだ。
物心ついた時にはもう刀を握るだけの毎日。そして恋心どころか友人すらもできず寂しくなったこの日々をこの男はまた塗りかえようとしてくれているのだ。
「どうしたんだ、斉藤。…いや、やはり男がこう言うのは気持ちが悪いよな、いいんだ、俺は断られるつもりで言っているのだぞ、友達から…なんてベタな言葉でも掛けてくれるのなら構わないんだ。…いや、お前は言葉は喋られなかったか、ふっ。」
私はとりあえずと持っていたノートとペンを取り出し桂に焦って言葉を投げかけた。
【私と、遊ぼう、これから…夜まで】
桂は驚いたように私のノートを見たがその後口角に弧を描くように嬉しそうに表情を変え、こちらを見てうんと頷いた。
「どこへ行こうか」
この一言で胸が高鳴った。人生初めての友人とのお出かけだ。今までは隊の人たちの後を金魚のフンのようにまとわりついていた私だったが、こうして初めて誘われたのだ、もう夢ではないかと思って舞い上がる自分の頬を叩く。
「っ」ペチッ
「どうした斉藤、意外とMっ気があるのだな、はっはっは。」
…とりあえず腹の立つセリフではあるがこの時の私にはそれすらも無敵、舞い上がっていたので慣れない笑顔で愛想笑いを振りまく。
「お、おい斉藤、怒るなよ、…」
「?」
別に怒ってはいないんだが、まあいい。
兎に角今は夜まで遊ぶ事を決めなくてはならない。
「…そうだ斉藤」
考えに悩んでいたことが伝わったのか、その空気を破るように桂は私を呼ぶ。
「酒は飲めるか?」
飲めるが実は強くはない。
…だが今日の私は舞い上がっていた、そう、舞い上がっていたから。
【飲めます】
「よーし、じゃあ飲みに行くか!」
そう言われると肩を抱かれて飲屋街へと連れていかれた。上司との飲み会では行ったことはあるがこうしてプライベートで行くのは初めてで興奮がやまない、いつもの景色なのになんだか違うようにも思えた。
ネオンがまだともらないような早い時間にもやっている居酒屋はあるんだな。
「斉藤は何を頼む?食べたいものを指をさしてくれ、俺が代わりに頼んでやる。」
「…」
私は指をさして桂に食べたいものを伝えた。心が踊る。
「斉藤、無理して喋ろうとしなくていいからな。お前はここに居てくれるだけでいいんだ、美味いものを食べて、喋りたくなったら喋ってくれよ。」
私は桂の言葉に安心しながら頷いた。
しかしこの温かさ、局長となんだか似ている。
桂は結構優しい奴なのかもしれない。
「こちらお通しの枝豆です。」
「どーも。ほら、斉藤食べていいぞ。」
「…」
私はおもむろに枝豆に手を伸ばし剥くと咀嚼した。乾杯なども強制させられず静かな飲み会が始まった。
「斉藤、お前そんな感じでものを食べるんだな。口についてるぞ。」
笑いながら桂は私の口元から食べカスを取って食べる。不覚にもその仕草に心を打たれてしまった。…なんというか、桂は「王子様」のようだった。
…そう思うと急に恥ずかしくなって視線を合わせられなくなる。
「斉藤、…前から気になってたんだがそのアフロ触ってみてもいいだろうか」
断る理由もないので頭をそっと差し出した。
桂は私な頭をふわふわと撫でる。
「本当に地毛だ…」
何に感心しているんだと思ったが、頭を撫でられたのは子供以来、しかも遠い記憶。なんだか嬉しくなった。
そしてその後酒や肴が置かれて私は合間を紡ぐように咀嚼して行く。嬉しさはあるが恥ずかしさと何を話していいかわからぬ沈黙に正直怖くて眠たくなってきていた。
「斉藤、眠そうだな…いつも寝ていたよな?眠かったら寝ても良いからな。」
眠ったらどうするつもりなんだろう…と思いつつも私は我慢出来ずに眠りこけてしまっていた。
気付くと私は大きなベットにいた。
「っ!?」
「目が覚めたか?」
…あたりを見回す。ホテルか…。まさかこいつは私を背負ってここまで?
「何、気にすることはない、お前と俺しかおらん、眠るなら寝ておけ。」
眠気と酔いにクラクラする、頭を撫でてくる桂になんだかとてもとても甘えたくなってそのまま隣へとくっついてみた。
何も言わずに背を撫でてくれる。
…それはとても心地が良くて頭が蕩けそうだった。
「気持ち良さそうだな、斉藤。」
「かつらさん…」
「んっ?なんだ?」
「ありがとう…」
ぼーっとして微睡んで白くなって行く視界の中で私は感謝の言葉を述べたようだが夢心地。
目を瞑った後になんだか唇に柔らかく押し付ける感触があったがよく覚えていない。
「斉藤、斉藤…」
「ん…っ」
「もう朝だぞ、起きねばならんのではないのか?」
「…っ!?」
驚いて起きると私と桂は裸だった、あまりにもあまりな光景に私は口を紡いで布団に再び入り込んだ。幸い二連休ではあったが今告げるに至らないほどには頭が回っていない。
「おい、誤解するなよ、お前が昨日酔って俺にキスしてきたんだぞ、その後暑がって俺の服も流した後に自分も脱ぎ出してまた眠ったんだ、何もしてないからな、安心しろ。」
「…」
私が…?そんなバカな。酒癖なんて知る由もなかった。…そりゃ昨日は、楽しくて浮かれていたとは言え。
「しかしお前は案外甘えん坊なのだな。その後、眠りながらも俺に抱きついてきた、正直手を出してしまいそうになったではないか…。」
「…っ」
本当に何も覚えていない、でも…心地良かったのは覚えている。
…とか考えている間も無く桂が布団を奪うついでに私の唇も奪った。
「ほら、斉藤、本当は誰かに甘えたかったのではないか?俺に存分に甘えるがいい」
「……」
恥ずかしすぎて素面ではできるわけがない。
「ふっ、なんだ、昨日はやはり酔っていたのか…少しショックだが…お前、俺以外と飲むのはよしたほうがいい、特にサシで飲むのはな。」
「…」
そうだろうな、と思ってシュンとした。
「でもな、お前の声が聞けて嬉しかったぞ、…なかなか良い声をしているではないか、もっと聞いてみたいと思ったな。」
コンプレックスである声が…褒められては嬉しくて頬が熱くなった。
「おいで斉藤」
布団の上からぎゅっと抱きしめられた。
恥ずかしすぎて行けるわけがない。
「大丈夫だ、ここはお前と俺しかいない…電気も消す、だから俺とまた少しだけ抱き合ってはくれないか?」
暗くなって心が緩む。
布団から這い出て桂を手探りで探して抱きついた。
ー…私は何をしてるんだろう、こんな男に。
そう思っていたら、背中にそっと走る指が不意打ちでやってきてゾゾッと凍るように駆け巡る。
「ひっ」
思わず声が出てしまった。
桂はそっと手のひらや指でまだ背中を撫で続ける。
擽ったくて体をよじるが少し気持ちよくなってきてしまった。
「はぁ…ぁ…っ」
「斉藤、良い声だな、もっと聞かせてくれ…」
「んんぅっ…」
「斉藤…好きだぞ…」
ビックリするほどに背中で感じている。
こんな事は初めてで、汗がじわじわと滲んでいるのがわかった私はいきなり怖くなりマズイと思いそっと体を離した。
「はぁ…っ」
「悪いな、急すぎたよな…」
「っ…」
背中を撫でられただけなのに…変になりそうだった。…過ちをおかしそうなくらいに。
桂は私をおかしくする術を知っているんだ、そこに恐怖を感じて背を向けて体を丸めた。
「ごめんな」
謝りながら私の背中に抱きつく彼がどうにも可愛らしく思えてしまい、向き直って頭を撫でた。お礼と言ってはなんだが頬にキスをした…すごく恥ずかしくて再び汗が滲んだ。
「斉藤…お前に好きになってもらえるように俺はもっと頑張るからな、必ずだ。」
「…」
こういうづけづけと押してくる姿勢に本当に心底惹かれてしまう自分がいた。
やはり堪らなく嬉しい、もっと来て欲しい、そう思いながらいつのまにか昼過ぎまで眠ってしまっていた。
「斉藤、起きろ」
「…ふ」
キスをされたと思ったら舌が入って来た、眠気で微睡んだ所に侵入する感覚には堪らなく気持ちよくて脳が蕩けそうになる。
「はぁ…、ぁ…っ、ん…むっ…ふぅ…」
自然と声が漏れて恥ずかしさも煽られた。
またあのゾクゾクした感覚が体を駆け巡る。
呼吸が上手くできない、恥ずかしながらこの歳までキスなんてしたことが無い。
「斉藤…っ」
口から舌が抜け出て空気を吸うのが許された時、ぼんやりとした脳に拍車がかかる。
もうどうにでもされていい、とすら思うような感覚には自分にも驚いた…少し女性の気持ちがわかったような気がする。
そして抱きついてくる桂、自分の膝にあたる違和感を感じた。
「……」
私は恥ずかしくなりながらもジトっと睨んでいてしまった。桂が怯んだように体を少し離すと私の頭を優しく撫でた。
「そんなつもりではなかったんだ」
「…」
ではどんなつもりと聞きたかったがさらに煽り立てそうだったのでやめておいた。
と言えど私も恥ずかしさと変なことをされたせいで身体が火照ったまま治らない。
桂も同じようで、こちらを見ていたが私は怖くて目を逸らした。
ここで気を許してしまって、また騙されたとしたらどうしようもないから。
…信用してないわけではない、でも完璧に自分のものかわからない人を受け入れる勇気は無かった。ましてや初めてで怖くて堪らなかった。
不安を察してか桂はまた謝りながら私の頭を撫でる。
「…」
何も言えずに私は起き上がるとシャワールームへ向かった…体を洗い流す。
この作業ですらなんだかいつもと違うのだからどうしたらいいか解らない。
そして昨日の桂の優しい眼差しや甘い言葉が浮かんできては消えて堪らなくなった。
…恥ずかしい、でも何かしたわけではない。
というか、抱かれてはいない。
未遂に終わったわけだが、恥ずかしくて堪らない。
桂、好きになってしまう。
シャワーを済ませて外へ出ると普段着に着替えた。
「斉藤、良い匂いだな、これから俺と同じ匂いになるのか」
桂がやってきてすれ違いにシャワーに入っていく時に言われたセリフ。
…恥ずかしくてタオルに顔を埋めた。
帰り際、玄関で思ったよりも桂は素っ気なくて寂しくなった。
「昨日と今日はありがとうな、また機会があれば遊ぼうな。」
私は桂の手を引いた、名残惜しくて。
「どうした?」
まだ一緒にいたくなった、怖かったというのに。
「ふっ、仕方のない奴め」
困ったように笑うと、唇を重ねてくれた。
安心感が強くて今度は逃げなかった。
私は抱きついて最後に桂に甘えた…長い髪の毛から同じ香りがするのがわかった。
「俺の事、好きか?」
「…」
体が勝手に頷いていた…。
もう一度会いたいと思いながら私は彼の手を握った後にホテルを後にした。
最後にノートに字を書いてみせた。
【桂さん、大好きです】
彼は私の頭を撫でて笑っていた。
「俺も大好きだぞ」
そう言うと颯爽といつも通り去っていなくなってしまった。
あんなにも怖がっていた私の事を思って大事にしてくれたのかと思うと今でも胸が締め付けられる。
…桂に会いたい、そう思いながらもう、二ヶ月は過ぎていた。
しかしながら、幕府は傾いて行きそれどころでは無くなった。
でもいつか桂に会えると信じながら私は今日も命をかけて毎日戦っている。
そして…すぐに会える、そんな気がした。